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日々のつれづれ。ネタバレに過剰な配慮はしておりません。
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『ウォッチメン』

いつもながら知り合いと見に行きました。
せっかく遠出したのに、体調最悪というおまけがついてきて、先行き不安になること甚だしかったのですが、鑑賞後、あまりのわけのわからなさに逆に元気になるというご褒美をもらいました。
これってあれかな? みんな元気でやろうよ、こんなふうにも生きていけるっていう製作者側からのスピリチュアルかなんかが出てるのかな?
なんだか、色々な意味で意味不明さがあって、なんていうか、感想までもが意味不明になりそうな映画でした。
まあ、万人にお勧めできないのは当然のこととはいえ、テレビCFなどで流れている、「ヒーローが次々と殺される。その裏にあるものは」みたいな、血沸き肉踊るみたいなサスペンスモノじゃ全くありません。
ええー? 強いて言うならば、ラブコメ?(本気だ)

まずまあ、3時間は長い。
途中でだれにだれました。
知り合いは、「前半四分の一までは凄く楽しかった」と申しておりましたが。
うん、でも私の席の近くの人、前半四分の一に行き着く前にいびきかいてたよね。

時代が、ウォーターゲート事件の時代なので、知り合いは年代的にドンピシャだったらしく、「おお、ここでボブ・ディランを使うか!」「ニクソンとキッシンジャー似てる」とか、そういった自らの過去と照らし合わせる楽しみ方ができたらしいのですが、それが終わった途端に終わったらしいです。

まず、話そのものがない。
難しい、とか難解とかそういうことじゃないんです。結論としては、愛は地球を救うみたいなオチだし。
まあ、その幸福は犠牲の上に成り立ってみたいな話は、別段珍しくもなんともないんですが、ただなあ、別にその話にヒーローたちいらんし。

ヒーローも、俗に言うスーパーマン(はなっから超人)なのか、こう、ブロッケン一族(ドクロの徽章を人間が見につけると超人になれる)なのかもよくわからず。
まあ、それは重要なところじゃないんでしょうけど(なんにせよ彼らはヒーローなわけだし)そこらへん曖昧にしながら見ていると、アクションシーンも凄いんだか凄くないんだかさっぱりなんですよね。
人間としては凄いだろうけど、超人としては………どうだ? というか。
まあ、多分(人間)くらいの位置づけなんだろうなと思うんですが。
デブの中年男、コメディアンくらいまでは、純粋にタフガイとしてのヒーロー(ベトナムに従軍し、女、酒、葉巻とやること全部やってる暑苦しい悪漢)像として、火炎放射器をぶちかましたり、ロケット弾をぶっ放したりする様は、カッコいいなあと思えたんですが、純粋に警察に捕まるのを恐れたり、ドアにマントが挟まって撃ち殺されたりするヒーローを見てると、結局ヒーローってなんだ? と思ってしまったり。
無理にヒーローしてないコメディアンが、一番強さの体現としてはヒーローぽかったりしますしね。

結局、なんか実験で超人になっちゃった青い人が、全能の力を手に入れて、その力を利用して世界を平和にしようとしう人がいて、青い人は今まで付き合ってきた女を捨てて若い女に走り、全能のわりには身近な人のこと何もわからず、若い女の過去をずっと知っていたにも関わらず、突如「君の存在こそが奇跡だ、愛だ」と言い出して、新しい生命を創造しにでかけましたとさという話なんです。いや、本当に。

これ、後半でどかどか出るんですが、そこに至るまでの尺が長いのと、明らかに、そこに行き着くまでのほうがまだましなので、いやもう物語りにツッコミを入れているときりがない。

物語の主役は、孤高にヒーローとしての正義を貫こうとする、痩身のヒーロー・ロールシャッハみたいなもので、ダミ声で全面マスクで表情の見えない男が、必死に、コメディアンを殺した犯人を捜す様は確かにカッコいいのですが、いきなり青い人のプライベートがそれを邪魔したりするので、せっかく乗りかかろうとしたハードボイルドの世界が、一気に台無しになる感じでした。
ロールシャッハそのものは、凄く外見も行動もカッコいいのですが、周りにいる奴らがどうでも良すぎる。
青い人のラブシーンも、ヒロインの女とフクロウの男のラブシーンも、とにかく延々尺を取って流されるので、見ているこっちはイライラすることしきりです。そんなのいらねえんだよ! ヒーローの愛ってそんなもんじゃねえだろ!(この映画においてのヒーローの意味を履き違えているものの発言)

この監督さん、どうやら過剰な演出っていうのが基本にあるらしく、血がドバーとか、腕をチェーンソーで切断するとか、頭部に斧をつきたてるとか、全裸のラブシーンとか、青い人は男性性器まで常にがっつり映っているとか、とにかく、映像がクドいです。
でもそれが、話として世界観に合っているかというと、そんなことはない。
残虐シーンが多いので、「うへえ」と思うかもしれませんが、それが映画としての質を上げているか、というとそんなことはないんですね。
物語前半で、コメディアンが殺されるのですが、その派手な乱闘シーンよりも、CFで使われている、スマイルマークに血の一滴、のほうが明らかに演出として上手いですし、高層ビルから落下し、地面にこびりついた血を洗い流している最中、スマイルマークのバッチが排水溝にひっかかり、それをロールシャッハが拾う、とか、その手の静的な演出のほうが、明らかに印象深いです。

俗っぽい演出にしたいのか、残酷描写を明確に現すことによって、リアルさを演出したいのかはわかりませんが、そこまでこの映画、リアルじゃないし、かといってヒーロー物と呼べるほどの、「清々しい馬鹿馬鹿しさ」もないので、個人的には演出そのものもあまり好みではありませんでした。
だから、三時間は長いって。ラブシーンや、やたらにフラッシュバックする過去とか排除すれば二時間もいらないって。

見るべきものは、コメディアン殺害から、ロールシャッハが行動を起こすまで、でしょうか。やはり、前半四分の一程度ですね。
こう、「こういうマニアックな映画、馬鹿馬鹿しい映画大好き」と言う方にも、あまりお勧めできない感じです。
「キル・ビル」とか、そういう、基本粘着質じゃない荒唐無稽さではないから、なのではないかと。
うーん、色々突き抜けようとしたのかもしれませんが、結局、長いだけで中途半端という印象の映画でした。

キャストは基本マイナーな方なので、それほど特筆するものもなく。
ヒーローは逆に、仮面を被っているときのほうがカッコいいのは、当たり前ですし。

映画鑑賞前に流れる予告で、『トランスフォーマー・リベンジ』の報が一番燃えました。
オ、オプティマスプライム様にまた会える………!(鼻息)
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『シド』創作に、ブログに載せた『采配のゆくえ』イラスト群+αアップしました。どうせやるなら行き着くところまで。
個人的に藤堂高虎は嫌いじゃないです。むしろ好きなんですが、愉快さで豊久が上だった。
無駄に記事が増えちゃったので、無駄にカテゴリー増やしました。
いやもう………ハハハ。


さて、今、采配のゆくえを最初からやり直しているんですが、どうせ二度目をやるなら間違った選択肢を、と思ってみたはいいものの、あまりバリエーションがないので、若干面白みにかけます。
うーん、殆どごく普通に「違います」とか流されちゃうしなあ。
豊久の場合、説得開始して、成功すると不服そう、失敗すると超得意そうっていうのが、本当にらしくて笑えます。
正論であっても、そんなにお前は三成の言うことを聞くのが嫌か(笑)(そうでなくっちゃ)。
ただ、成功した後の微妙な従順さもまた萌え。
一度は認めたから、渋々ではあろうが、従う姿勢を見せるっていうのが、またいいですね。その、慇懃無礼さが苦労性っぽくてたまりません。

第一章をやり直してやっと、豊久の口癖が「ふん」であることに気づきました。
やたらに、「ふん」「ふん」言うさまが可愛い………。最初に、さりげなく否定かよ! みたいな子供っぽさが………。
「ふん。愚かな敵だな」
と、お勝の方を言い捨てた時は、その物言いに痺れました。
三成に対する「ふん」と、敵対する人物に対する「ふん」では、意味合いが違いますよね(笑)



同じく一本気馬鹿であるにも関わらず、この二人のテンションは全否定である豊久。いや、奴はこういうノリには乗っかれない男だよ。奴は伯父馬鹿だけど、ぬぐいきれない常識人オーラぷんぷんだもん。


第二章は豊久出てこないので、テンション下がり気味です。
その文、高虎成分が補充できるったらそうなんですが、奴はピュアっ子なので、こう、萌えるというより微笑ましい目線で見てしまいます。
いえ、そんなこと言ったら豊久だって十二分にピュアっ子なんですが。


第三章
豊久の出番を待つ、というわかりやすく偏ったプレイをしていると、正直合戦パートの面白さに欠けますね。
何度やっても面白い、例えば敵のリアクションが間違えた時もバリエーションがあるとか、そういう工夫もありませんし、絶対に集めなければいけない情報=しなければならない操作が続くので、やはり単純作業といえばそれまでの印象を受けてしまいます。
初回プレイなら、どうやって戦況を打破するかという、知らないからこその楽しみがあって当然なわけですが。

まあ第三章は、鬼気迫る山登りが見られるのでそれでよしとします。始めてみた時は「かっけえ」と思ったものですが、改めてみると藤堂高虎のおかしさがよくわかる一品です。

そして、いよいよ大筒がらみで豊久参戦。
間違った答えを選ぶと、「殿………そんなに豊久殿になじられたい?」とたまきに呆れられますが、勿論なじられたいよ!
ついでにその後に、「よくやったな」的笑顔も見られたら最高!(気持ち悪いですよ)
豊久絶体絶命のピンチに、駆けつける義弘。
「伯父上がいらしてしまってはー!」
と、一番最初に喜びではなく、心配を表すのが豊久イズム!



さっきは冷たい視線を向けていたのに、伯父が来た途端にこれだよ!

「この程度の相手、我らの敵ではあるまい」
島津組はまさしく、二人で一つなのですね。わかります。わかるけど私は豊久単品派です。(聞いてません)
「伯父上は、私が守る。ここは、何としても勝つ!」
ほんと可愛いなお前!!
「一つ、言っておきます。私は伯父上に従うのであって、貴方に従うのではない。伯父上が、貴方に采配を預けたので、仕方なく、貴方の指示を受けるのです。よって、無意味と思われる指示には従いません。そのつもりで、いていただきたい」
慇懃無礼ここに極まれり(しかしピンク色要素満載)って感じですね。
他は冷静な社会人なのに、三成が絡んでくる(むしろ伯父が絡んでくる)と、途端に子供っぽいのがなんとも。
「………理屈ですな」
と、凄く嫌そうに命令を認めた後、
「いいでしょう。島津の力、とくとごらんあれ!」
とか言っちゃって、まんざらでもなさそうな雰囲気を人はデレと呼びます。(呼びませんよ)
「ふん! 伯父上の力を思い知ったか!」
勝利後の第一声ですらも、それですか。
豊久………。お前って奴は………。
『BSアニメ夜話』を実家で録画してもらったものを、やっと見ました。
弟が先日届けに来て、『キン肉マン二世』を持ってきてくれて、私がそれを読んでいる間、延々スパロボZを六時間プレイしていました。
お前は………。確かに私に見せたい場面っていうのは、大体マップの最初と、最後だったりするから仕方がないんだけどさ………。
まあ、その結果無事に鑑賞したんですが、海のトリトンはエロすぎた。
マンガ夜話にせよ、アニメ夜話にせよ、別にお前らの理屈こねてる姿を見たいわけじゃねえんだという、根本的なノリきれなさがあるので、正直あまり期待していたわけではなかったのですが、『海のトリトン』の回は、非常にトークが切れるゲストの方が、純粋に「私はここが面白い」「ここがぐっとくる」と、感情に任せた話(いい意味で)をしてくれたので、番組としても一番面白かったです。

お目当ては当然『ジャイアントロボ THE ANIMATION 地球が静止する日』だったんですが、BF団について一っ言も語られないというていたらくに倒れました。
いや、別に大作が嫌いだとか、ロボットに興味がないとかそんなことは全くないんですが(ロボットのデザインや、演出や、動きが上手いのはむしろ当たり前と言うか、その演出の妙に魂を抜かれているわけで)、その上で、誰か一人でも、「アルベルトに抱かれたい」とか「マスク・ザ・レッドのドSな微笑みは最高だ」とか、そういう偏った発言も聞きたかったなあ。
キャラデザの上半身や、腰まわりの線や、バランスも凄く魅力的だし、重厚なロボット演出に、超人の体を持つ人間との対比とか、人に対してもスポットを当ててもらいたかったので、非常に残念でした。

ラストの『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』は、作品をまともに見ていない(レンタルリストには入ってるんだけどねー)せいもあり、話の内容があまりできずに楽しめず、結果、伏兵だった『海のトリトン』が一番面白かった、という結論に達しました。

大体、『海のトリトン』は、本当にエロすぎる。
世界観がまずエロいし、実際のキャラデザが本当にエロい。
眉毛のりりしい目元の涼しい、王子トリトンもエロいし、なんか少女の人魚みたいなのも、胸全開でエロい。ここで、ボインの女の人魚が貝殻とか、そんなではなくあえて、隠す必要もないくらいの「ふくらみ」でしかない少女の半裸姿っていうのが、とにかく半端なくエロかったです。
この時代の少女や、少年は手足の太さや、ラインが凄く滑らかで柔らかいふくらみがあるのですが、そのラインが私の根本的な感性に合うんでしょうね。
それこそ、ジャイアントロボのサニーちゃんの足とか、悶絶モノだったし。申し訳ないですが、今のきれいなガンダムのキャラデザには、清いきれいさはあるけど、エロスは一かけらもないので、そういう意味で、キャラデザの物足りなさで今のアニメを見ない、っていうのはあるのかなと、逆にトリトンを見て思いました。

作画監督の羽根章悦さんがゲストで出演しており、スケッチブックに色鉛筆で、さらさらとトリトンのバストアップを書いてくれたのですが、半端なかった。
悲鳴を上げるエロさでした。
絵が上手いのは当たり前としても、漂うエロスが本当に物凄くて、悶絶しました。
大体1972年の作品ですからね。私ですら生まれていない時代なわけですから、今から見ればドロくさいデザインなわけですよ。眉が太くて手塚治虫のような縦長目で。全くもってさわやかな絵柄ではないわけです。
それなのに、だ、今やっている全アニメ作品の誰よりも、段違いで漂うエロさがそこにありました。
あれは………一体なんなのだ………。もはや神の領域としか………。
この後に、攻殻の素子とか見たってかけらもエロくないですね。あれはもう、スポーツやってる人の裸がちっともエロくないっていうレベルの話なんでしょうけど。

漂うエロさがどこから来ているのかはわかりませんが、やはり血肉が通っている線とデザイン、っていう感じだからなのでしょうか。
まあだからといって、『海のトリトン』を今見たいかと問われるとそんなことはないんですが、その時代に見られる年代であったなら、確実に私も夢中になっていただろうなあと思いました。


『プラダを着た悪魔』
結局は金持っている人しかおしゃれはできないということなんだろうと見始める前は思っていたんですが、そんな話じゃありませんでした。
見ようによっては、ジャーナリストという目指すものがあるのに、ファッション雑誌の編集長に媚びるために、無理やりおしゃれをするっていうのは、当人のポリシーとしてどうなの、と思うかもしれませんが、助手という仕事である以上、例えば、雇い主が黒は縁起が悪いから絶対に着ないのであれば、自分も避けるとか、そういう配慮は必要なので、ただそれが、「ファッションに関心を持って実行する」ということだったのでしょうな。
現実的に、おしゃれではないアシスタントは、ファッションを体現する編集長が連れて歩くことはできないでしょうし(いい、悪いの問題ではなく)。
ある意味、必要であるとみなしたおしゃれ、という感じで主人公は実行に移しているという感じが、好印象でした。
別に、自分がおしゃれになって、きれいになって嬉しくないわけじゃないけど、それはあくまで仕事のためであって、というスタンスのほうが、万人受けしますよね、そりゃ。

キャリアウーマンの立身出世物語ですが、やはり目を見張るのは、その賢覧豪華たる、ブランド物や、登場人物たちの着こなしでしょうか。
同僚にアドバイスを受けて、主人公の衣装がどんどんおしゃれになっていく様は見事の一言。
主人公の着ていた「青いセーター」を、編集長が「それは青ではなくセルリアンという色だ」と、ただ衣料品にしか興味がないのではなく、それを作った文化、時代背景、人物に至るまで網羅する知識を疲労する場面は圧巻でした。
内容が、ファッションであろうがなかろうが、己の仕事に対して膨大な知識を持ち、それを自由自在に引っ張り出せるっていうのは、仕事人としてカッコいいものです。

ただ、だ。
仕事ができて有能な人は全員性格が横暴なのかよ。
もう、毎朝出社するたびに、主人公の机の上に、コートやかばんをぶん投げる編集長は、人として尊敬できないですよ。
有能であれば、非常識であっても許されるのか。………許されるんだろうな、ああいう職場では。
というか、ファッション雑誌の編集長なのに、衣料品を大切にしようという気はないのかな。それもひっかかりました。
世の中には、仕事ができて人格としてもできている、せめて、部下に対してごく普通に会話ができる人なんて、ごまんといるだろうになあ、と、どうも小市民である私はそればかりが気になりました。
仕事上でのアシスタントに、子供の宿題まで任せるものなのか、普通………(あっちの世界じゃそれが当たり前なのか………?)。
お前が旦那と上手くいかないのも、そのせいで子供が辛い思いをするのも、そりゃ全部お前のせいだよと、編集長に対してはわりとドライな目で見られました。
この人に必要なのは、ビジネスパートナーじゃなく、それこそメイドさんだよね。

とまあ、並べ立ててみましたが、やはりこの映画は、画面いっぱいに映される様々な衣装。服や、靴や、帽子や、アクセサリーなどにため息を付きながら見る作品ではないかと。
頭を悩ませて見るようなものではありませんしね。
目指すものがあっても、一旦仕事として引き受けたのであれば、それを完遂しようとするのは当たり前だろうし。それに泣き言を言うようであれば、日々生きるためだけに稼いでいる人たち全員に平謝りする必要があると思うし。

しかし、あの衣装全部購入してるんでしょうか。
どうも映画を見ていると、会社に山ほどある衣装から、同僚が選んで着せてくれているみたいなんですが、最後、「着なくなった服が山ほど家にあるから」とか言ってるし………。
もう必要のない服を、タダでもらっているってことなのかな?
それにしても、やっぱりああいうおしゃれって、オールセンスの問題ですね。
ずいぶん前の職場で、とにかくやたらに服装のセンスがいい人がいて、派手とか奇抜なものを着ているわけではないのに、とにかく、この私が見てもセンスが良いなあ、という人だったんですが、聞いてみると、
「やだ、これ20年前くらいに買ったのよ!」
「これねえ、スーパー三和で1500円だったのよ!」
とか、いつも返ってくる答えは庶民よりで、非常に驚いたものでした。もう60近い年齢の人だったけど、とにかくおしゃれな人だったなあ。

メリル・ストリープは、これくらいの年齢が一番違和感なく見られますね(マンマ・ミーアと比べると逆に凄く若く見える)。
「みんながあこがれる仕事なのよ」
と、主人公を見ないで言い切る様は、今まで確固たる発言しかしてこなかった彼女の、唯一の、何の根拠もない発言でしたが。

アン・ハサウェイも可愛かったですねえ。あれで太ってるとか言われたら、お前、こっちはどうすりゃいいのだ。


『カーズ』
ディズニーアニメ。
一流のレーサーであるが、態度がでかい(見もふたもない)主人公が、かけがえのない仲間や、友人たちを通して、真のチャンピオンを目指す物語です。
話としても、凄くわかりやすくてシンプルにまとまっていて面白かったです。
DVDを再生したら、勝手に吹き替えが流れてしまい、なんとなくそのまま見続けたんですが、その後、字幕版を見てうっさんくさいイングリッシュと、うっさんくさいオーバーリアクションを見て、やはりこれは字幕で見た方がいいと思いました。
「Yeah!」とか「OH!」とか「Woo!」とか、日本語ではありえない言葉遣いをしている時には、ちゃんと画面の上で登場人物たちが、日本人は絶対にしないリアクションと、顔芸(苦笑)を見せてくれますし。

全編出てくるのは車(擬人化………じゃないしな)なのですが、それでも個性が出ていてカッコいいものはカッコいい。
過去の栄光を捨てて隠遁している、伝説のレーサードック・ハドソンは超萌えた。(結局そこか)
事故を起こして帰ってくるも、もう新人に居場所を取られて自分の席はなく、突然現れた新人レーサーである主人公に辛く当たるも、最後は協力してくれるという、べったべたなキャラなんですが、その枯れるに枯れられない態度がまたいい!(笑)
チャンピオンとして尊敬されているキングが、最後ハドソン博物館に着たり(車なのに奥さんいるんだぜ………)とか、ああー扱いが良かったードックは………。
他の登場人物たちも凄く魅力的でした。
イタリアかぶれのタイヤ屋が、最後、本当にミハエル・シューマッハが着てくれたとき、無言で気絶するとか、サビだらけの主人公の親友が約束を守ってもらってヘリに乗って大喜びとか。
子供向けとしても見られますし、大人が見ても十分楽しめると思います。
笑いの要素も、あまり下品な感じじゃありませんしね。
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