私の中で、三浦友和氏といえば、まずこれ(タイトル)。
ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、「冷撰洋酒」という1993年のCMで、加藤茶氏と親子設定で共演されたものです。
これがもう、本気ではまり役。
あのはげでちょび髭の加藤茶の息子なんだか、婿なんだか知りませんが、父親以上にやる気のない演技っぷりがまさに神がかっておりました。
しかし、このCMを手がけた人も、中島哲也さんとおっしゃる、かなり高名な方なんですねえ。それも知らなかったよ。
いわゆる、アイドル時代はさすがの私も生まれていなかったりするので(嘘をつけ!)よくわからないのですが、私の中で三浦友和といえば、おっさん役の上手い人、というイメージが非常に強いです。
そんなわけで、『転々』を見に行ってまいりました。
日曜日だったせいか、結構な人の入りで、評判いいのかなと思ったのですが、この映画館、ストレンヂアの悪夢の記憶がまだ新しいので、戦々恐々です。
公開前に、
「20分間、公告が入ります」
と映画館の兄ちゃんが申しておりましたが、本当にびっくりするくらい宣伝見せられたよ。しかも、大作物ではないので(場所がテアトル新宿だから)わりとどれも人を選びそうというか、「ああ、私映画は好きだけどこう、日常生活を通じて人生に対して説教したいような映画嫌いなんだよね」という感想ばかりでした。
マニアックって、決して誉め言葉じゃないしな。
さて映画ですが、東京散歩といううたい文句はあまり正確ではないかと。確かに色々な場所を転々と歩きますが、舞台は雑居ビルの中であったり、小泉今日子役の女の家であったりするので、そういった部分でノスタルジーを感じることはあまりありません。
勿論、知っていれば「ああ、あれあの場所」という楽しみ方もあるのでしょうが。
個人的には、オダギリジョー扮する借金のある大学生と、借金の取立て屋であり、オダギリを道連れに、だらだらした霞ヶ関までの散歩を決行する三浦友和よりも、三浦友和の奥さんがパートで勤めているスーパーの店員三人の会話のほうが、面白かったです。
どれをとっても、「ああ、あるある」と頷けるものばかりで、行列のできるラーメン屋に並んでみては、
「大して美味くもなかったわね」
「ここに並んでる人に言いたいなあ、そんなに美味しくないですよって」
とか、他愛もない会話が実に朴訥で上手い。
嫌味には聞こえないけれど、言っていることは結構辛らつだったり、岸辺一徳を見つけて素人臭く大騒ぎしたりと、出てくるたびに期待を裏切らない日常会話の上手さでした。
物語としては、二行で説明が終わってしまう感じですし、全体的にゆるく、まったりと、別に人生の何たるかを考える必要もない映画だと思うんですが、後半失速するかのように、妙な人情話にスライドしてしまうのは何故だ。
その人情話というか、センチメンタルな部分も、そう長く続くわけじゃないんですが、この手の映画は、ゆるいだけに見ている側は「いつ終わるんだろう」という時間が妙に気になるものでして(オチもきっとつかないだろうということが、見ている側にもわかっているので)、後半オダギリが擬似家族に涙する辺りから、ちょっとだれました。
まあ最後も変な愁嘆場になるわけではないし、三浦友和扮する借金取りも、特別オダギリに愛着があるような別れ方をするわけでもないので(自分の死んだ息子に似ているとかそんなことよりも、たまたまこの散歩に付き合ってくれそうなのが暇なこいつしかいなかった、というほうがより「らしい」)あっさりした終わりは好感が持てました。
ううん、どうもこの手の映画は感想が難しいなあ。
会話の節々ではちゃんと笑いどころがあって、退屈はしないと思いますが、基本的に、わかりづらい(わかるという表現もどうかと思いますが)単館映画はあまり見ないので、見た後も、見終わって感想を書く段階になっても、微妙だなあという感じでした。
ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、「冷撰洋酒」という1993年のCMで、加藤茶氏と親子設定で共演されたものです。
これがもう、本気ではまり役。
あのはげでちょび髭の加藤茶の息子なんだか、婿なんだか知りませんが、父親以上にやる気のない演技っぷりがまさに神がかっておりました。
しかし、このCMを手がけた人も、中島哲也さんとおっしゃる、かなり高名な方なんですねえ。それも知らなかったよ。
いわゆる、アイドル時代はさすがの私も生まれていなかったりするので(嘘をつけ!)よくわからないのですが、私の中で三浦友和といえば、おっさん役の上手い人、というイメージが非常に強いです。
そんなわけで、『転々』を見に行ってまいりました。
日曜日だったせいか、結構な人の入りで、評判いいのかなと思ったのですが、この映画館、ストレンヂアの悪夢の記憶がまだ新しいので、戦々恐々です。
公開前に、
「20分間、公告が入ります」
と映画館の兄ちゃんが申しておりましたが、本当にびっくりするくらい宣伝見せられたよ。しかも、大作物ではないので(場所がテアトル新宿だから)わりとどれも人を選びそうというか、「ああ、私映画は好きだけどこう、日常生活を通じて人生に対して説教したいような映画嫌いなんだよね」という感想ばかりでした。
マニアックって、決して誉め言葉じゃないしな。
さて映画ですが、東京散歩といううたい文句はあまり正確ではないかと。確かに色々な場所を転々と歩きますが、舞台は雑居ビルの中であったり、小泉今日子役の女の家であったりするので、そういった部分でノスタルジーを感じることはあまりありません。
勿論、知っていれば「ああ、あれあの場所」という楽しみ方もあるのでしょうが。
個人的には、オダギリジョー扮する借金のある大学生と、借金の取立て屋であり、オダギリを道連れに、だらだらした霞ヶ関までの散歩を決行する三浦友和よりも、三浦友和の奥さんがパートで勤めているスーパーの店員三人の会話のほうが、面白かったです。
どれをとっても、「ああ、あるある」と頷けるものばかりで、行列のできるラーメン屋に並んでみては、
「大して美味くもなかったわね」
「ここに並んでる人に言いたいなあ、そんなに美味しくないですよって」
とか、他愛もない会話が実に朴訥で上手い。
嫌味には聞こえないけれど、言っていることは結構辛らつだったり、岸辺一徳を見つけて素人臭く大騒ぎしたりと、出てくるたびに期待を裏切らない日常会話の上手さでした。
物語としては、二行で説明が終わってしまう感じですし、全体的にゆるく、まったりと、別に人生の何たるかを考える必要もない映画だと思うんですが、後半失速するかのように、妙な人情話にスライドしてしまうのは何故だ。
その人情話というか、センチメンタルな部分も、そう長く続くわけじゃないんですが、この手の映画は、ゆるいだけに見ている側は「いつ終わるんだろう」という時間が妙に気になるものでして(オチもきっとつかないだろうということが、見ている側にもわかっているので)、後半オダギリが擬似家族に涙する辺りから、ちょっとだれました。
まあ最後も変な愁嘆場になるわけではないし、三浦友和扮する借金取りも、特別オダギリに愛着があるような別れ方をするわけでもないので(自分の死んだ息子に似ているとかそんなことよりも、たまたまこの散歩に付き合ってくれそうなのが暇なこいつしかいなかった、というほうがより「らしい」)あっさりした終わりは好感が持てました。
ううん、どうもこの手の映画は感想が難しいなあ。
会話の節々ではちゃんと笑いどころがあって、退屈はしないと思いますが、基本的に、わかりづらい(わかるという表現もどうかと思いますが)単館映画はあまり見ないので、見た後も、見終わって感想を書く段階になっても、微妙だなあという感じでした。
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