最近、本当に脳を妖精がシャッフルしているかのごとく、めまいやら頭痛やらがするので、起きているのが辛いんですが、更年期でしょうか。いや、本気で早い人は30歳代からでもなるっていうしな………
「ザ・マジックアワー」見てきました。
面白いとは思います。
が、私的にコメディではない。
いや、涙あり笑いありを「コメディ」と称するのであれば、純然たるコメディなんでしょうが、これはちょっとつらかったです。
勿論笑いどころはたっぷりあるんですが、「有頂天ホテル」よりも、せつなさが前面に出てきてしまって(そのように感じられて)物語終盤まで笑いにのれませんでした。
CFのあらすじのように、売れない役者がギャングのボスの前で、殺し屋の役を演じ………というのが大まかな筋書きですが、この売れない役者さんが、殺し屋を演じるまでの過程でまず気分がへこみます。報われないわけですよ、一生懸命やっても売れてないわけですから。馬鹿にされて、無視されて、という図だけで私的に胸苦しいわけです。物語にせよ、ただの導入にせよ私こういうの駄目なんですよ、それこそ純粋につらくなるので(もうドッキリとかも駄目)。
で、殺し屋を演じるわけですが、大体の笑いはこの当人だけしか知らない過程にあるだけに、逆に、演技に対して懸命な姿が悲しくなるんですよ。映画でもなんでもない、ただのウソなのにそれに知らずにつき合わされても、一生懸命な役者さんが。
「どうだった? 今の演技」
「いろいろな引き出しがあるって見てもらいたくてさ」
と、笑いながら怒りながら、周囲の状況を全くつかめないまま、演技していく様の滑稽さを誰が笑えようか。逆に私は悲しくなってしまいました。本人が芝居に対して一生懸命なだけに。
少なくとも私は、「こういう笑い」は性に合いませんでした。
勿論、この手の映画で真剣に悲惨なオチが待ってる、と思う人は誰もいないでしょうし、その通りに終わるんですが、いかなる理由があれど、一生懸命やっている人の姿を笑う、というのがどうもノリきれないまま終わりました。
それが気にならなければ、細かい笑いはいっぱいちりばめられているので、面白いと思います。
特に後ろのおばさんたちは爆笑でした。笑うのはいいんですが「あれ誰の息子だっけ」談義を映画の最中に始めるのはやめてください。やかましいわ!
「ザ・マジックアワー」見てきました。
面白いとは思います。
が、私的にコメディではない。
いや、涙あり笑いありを「コメディ」と称するのであれば、純然たるコメディなんでしょうが、これはちょっとつらかったです。
勿論笑いどころはたっぷりあるんですが、「有頂天ホテル」よりも、せつなさが前面に出てきてしまって(そのように感じられて)物語終盤まで笑いにのれませんでした。
CFのあらすじのように、売れない役者がギャングのボスの前で、殺し屋の役を演じ………というのが大まかな筋書きですが、この売れない役者さんが、殺し屋を演じるまでの過程でまず気分がへこみます。報われないわけですよ、一生懸命やっても売れてないわけですから。馬鹿にされて、無視されて、という図だけで私的に胸苦しいわけです。物語にせよ、ただの導入にせよ私こういうの駄目なんですよ、それこそ純粋につらくなるので(もうドッキリとかも駄目)。
で、殺し屋を演じるわけですが、大体の笑いはこの当人だけしか知らない過程にあるだけに、逆に、演技に対して懸命な姿が悲しくなるんですよ。映画でもなんでもない、ただのウソなのにそれに知らずにつき合わされても、一生懸命な役者さんが。
「どうだった? 今の演技」
「いろいろな引き出しがあるって見てもらいたくてさ」
と、笑いながら怒りながら、周囲の状況を全くつかめないまま、演技していく様の滑稽さを誰が笑えようか。逆に私は悲しくなってしまいました。本人が芝居に対して一生懸命なだけに。
少なくとも私は、「こういう笑い」は性に合いませんでした。
勿論、この手の映画で真剣に悲惨なオチが待ってる、と思う人は誰もいないでしょうし、その通りに終わるんですが、いかなる理由があれど、一生懸命やっている人の姿を笑う、というのがどうもノリきれないまま終わりました。
それが気にならなければ、細かい笑いはいっぱいちりばめられているので、面白いと思います。
特に後ろのおばさんたちは爆笑でした。笑うのはいいんですが「あれ誰の息子だっけ」談義を映画の最中に始めるのはやめてください。やかましいわ!
PR