『大琳派展 継承と変奏』
見に行きました。上野まで。
いつも付き合ってくれる知り合いが、仕事が忙しいということで、無理かなあと思っていたが、「急に著者がゴネやがって仕事がなくなった」とやさぐれたメールが来たので、無事に鑑賞することができました。
私「寒い」
知り合い「えーそう?」
私「寒いよ! 寒い! ババシャツ着てるのに寒い! それなのにスカート、上七部袖とか、お前それは私に向けての挑戦か!」
信じられません。寒くて倒れるかと思いました。
上野の東京国立博物館特別展示だったのですが、私は上野に全く詳しくないので、震えながら知り合いの後を着いて行くことに。
会場も大きくてとても立派でした。旧館と新館があって、こっちは大きいほうで、隣にある『国際こども図書館』も、とにかく建物がきれいなんだよ、改装工事に安藤忠雄が関わって、殆ど木なんだけど、階段とか凄く素敵であそこも一度中をしっかり見てみたい………と、仕事が中途半端に終わったために、テンションが振り切れている知り合いと、たどり着いてみれば、黒山の人だかり。
公式サイトで、混雑時間なんて欄がある時点で、嫌な予感はしていたんですが、案の定でした。元々私は大きな展覧会などに行ったことがないので、一般展示物のときも、これほど混んでいるのかは知りませんが、それにしたって凄かった。
外国の方もいらっしゃいましたが、一番驚いたのが、若い方も結構いらっしゃるということ。ご年配の方がいるのは、まあ驚くに値しないのですが、お前、何故みたいな外見の人も大勢いました。いわゆる、チャラ男系ってやつですね。明らかに学生さんもいれば、カップルでいらしている方もいて、理由もなく嬉しかったり。でもやっぱり、展示物をじっくり自分のペースで見るには、もう少し人が少ないほうが嬉しいなあ。
私は元々美術史は、好きですが全く詳しくないので、どれも興味深く見られました。一番有名だと思われる、「雷神」「風神」の絵も、尾形光琳から、俵屋宗達、酒井抱一まで並んで展示されているので、比べて見られます。個人的には、俵屋の絵が一番好きですが、図案と個性、そして構図によって作品の色は全く違ってくるものです。
彼らは「派閥」というより、一種のデザイナーズブランドというか、いいものはいいのだから、どんどんいいもの作ろうぜという、わかりやすいスタンスの元、「似たようにインスパイアして作った」のですから、オリジナリティがないと言われるかもしれませんが(実際、そう言っている人がいたんだよ、展示会場で)同じテーマ、同じ静物を見ても描く人によって違うように、全く違う作品として個人的には見られます。それこそ、雷神、風神が三枚並んでいたとしても、目は同じには捉えないわけですから。
個人的には、鈴木基一の「桜・椿図屏風」が一番好きでした。それほど大きくないのですが、金の台紙にぱっきりとした図案が映えていて、見ごたえ十分です。鈴木氏の作品は、ぼやぼやしたものよりも、公式サイトにある、「夏秋渓流図屏風」のように(これがまた、構図が物凄いんだ)、色彩がはっきりしたものが多く、まるで洋画のようでした。日本画ですが、どことなく西洋画を思わせるものも多くあり、なんかもうその「モダン」さに、結局文化の水準ってこの頃にはもう決まってしまっていたんじゃないのかとしみじみ思ったり。
あとは、酒井氏の「夏秋草図屏風」ですね。これは、光琳の雷神、風神図の裏側に位置するもので、雷神の裏側の草は雨に打たれ、風神の裏側の草は風になびいている、というとんでもなく凝った絵なのです。
他にも、銀の月が光を透かすと浮かんで見えるとか、言われなきゃわからない懲りようを見ると、「芸術家のこだわりだなあ」と思いました。こだわりというか、俺だけがわかってるおちゃめ、というか。
酒井氏は全体の作風が、受けやすいというか、ナチュラルな感じが強いものが多かったようです。その自然体さが個性というか。
他にも、陶器とか、漆器とか、着物とか色々あります。硯箱なんて、「俺、光琳の硯箱持ってるんだぜ」が、ステータスになるのがよくわかります(笑)。
他にも、着物の図の屏風(着物がかけてあるような図になっている)のおしゃれっぷりは、現代に通じるものがありますね。色彩も古臭い、ということは全くなかったです。
光琳だと、「銹絵布袋図角皿」と「銹絵鶴図角皿」は良かったなあ。筆でさらさら、っと描かれた図なんですが、「こんなに気持ちよくいい線がひけたらもう何も要らないよなあ」と、絵への憧れが無駄に強い私はしみじみ思いました。迷いのない筆一本で書かれたただの線が、人を魅了する力がある、っていうのが不思議ですね。
とにかく、人さえいなければなあ、というその一言につきますね。土産物屋は展示以上に人が凄かったですし。
展示物が多いので、二時間でぎりぎり全部見られるか、くらいです。四時に現地に着きましたが、見終わったのは閉館ギリギリだったので。
16日で終わってしまいますが、お時間あれば是非に。
これだ、というお目当ての作品を見るのもいいですが、それ以外の作品もお勧めです。
知り合いが、「BRUTUS」という雑誌で特集していた、と、その雑誌を見せてくれたんですが、この特集はよくできてる!
これを、締め切りのある雑誌でやっている、っていうところがまた………! こういう仕事が出来るプロの編集者って、物凄くかっこいいですね。
Q・金銀ヒカリものが多いのはどうして?
A・琳派の多くがお金持ちの出身だったから。中略江戸時代の『花より男子』、F4と呼びたい王子様集団なのです。中略金銀を使うことなど何ほどもない日常です。脅かそうとか、エラぶろうとか、考えたこともない。「オレ、金好きだし」。その方の力の抜け加減が、キンキラなのにくどさや嫌味を感じさせない理由なのでしょう。
これで興味を抱かない読者があろうか。
頭のいい人なんでしょうなあ。
読者に対して、現実的な実例をあげる際には、「元ネタがわからなくても例えがわかる」ようにしなければならないし、「わかるひとが読めば勿論おかしい」作品でなければならないし、で、その中で『花男』を選ぶこの編集者さんのチョイスが絶妙だと思いました。
全体的にわかりやすい、砕いた文章が物凄くわかりやすかったです。
実際の展示物の説明もこれくらい噛み砕いて欲しい。(数点ありましたよ、何言ってるのかわからん説明文が)
物事って言うのは、何がきっかけになるかわからないものですから、より多くの人の目に触れる「雑誌」は、これくらい、読みやすいものであると嬉しいです。(ちなみにブルータス10月号です)
見に行きました。上野まで。
いつも付き合ってくれる知り合いが、仕事が忙しいということで、無理かなあと思っていたが、「急に著者がゴネやがって仕事がなくなった」とやさぐれたメールが来たので、無事に鑑賞することができました。
私「寒い」
知り合い「えーそう?」
私「寒いよ! 寒い! ババシャツ着てるのに寒い! それなのにスカート、上七部袖とか、お前それは私に向けての挑戦か!」
信じられません。寒くて倒れるかと思いました。
上野の東京国立博物館特別展示だったのですが、私は上野に全く詳しくないので、震えながら知り合いの後を着いて行くことに。
会場も大きくてとても立派でした。旧館と新館があって、こっちは大きいほうで、隣にある『国際こども図書館』も、とにかく建物がきれいなんだよ、改装工事に安藤忠雄が関わって、殆ど木なんだけど、階段とか凄く素敵であそこも一度中をしっかり見てみたい………と、仕事が中途半端に終わったために、テンションが振り切れている知り合いと、たどり着いてみれば、黒山の人だかり。
公式サイトで、混雑時間なんて欄がある時点で、嫌な予感はしていたんですが、案の定でした。元々私は大きな展覧会などに行ったことがないので、一般展示物のときも、これほど混んでいるのかは知りませんが、それにしたって凄かった。
外国の方もいらっしゃいましたが、一番驚いたのが、若い方も結構いらっしゃるということ。ご年配の方がいるのは、まあ驚くに値しないのですが、お前、何故みたいな外見の人も大勢いました。いわゆる、チャラ男系ってやつですね。明らかに学生さんもいれば、カップルでいらしている方もいて、理由もなく嬉しかったり。でもやっぱり、展示物をじっくり自分のペースで見るには、もう少し人が少ないほうが嬉しいなあ。
私は元々美術史は、好きですが全く詳しくないので、どれも興味深く見られました。一番有名だと思われる、「雷神」「風神」の絵も、尾形光琳から、俵屋宗達、酒井抱一まで並んで展示されているので、比べて見られます。個人的には、俵屋の絵が一番好きですが、図案と個性、そして構図によって作品の色は全く違ってくるものです。
彼らは「派閥」というより、一種のデザイナーズブランドというか、いいものはいいのだから、どんどんいいもの作ろうぜという、わかりやすいスタンスの元、「似たようにインスパイアして作った」のですから、オリジナリティがないと言われるかもしれませんが(実際、そう言っている人がいたんだよ、展示会場で)同じテーマ、同じ静物を見ても描く人によって違うように、全く違う作品として個人的には見られます。それこそ、雷神、風神が三枚並んでいたとしても、目は同じには捉えないわけですから。
個人的には、鈴木基一の「桜・椿図屏風」が一番好きでした。それほど大きくないのですが、金の台紙にぱっきりとした図案が映えていて、見ごたえ十分です。鈴木氏の作品は、ぼやぼやしたものよりも、公式サイトにある、「夏秋渓流図屏風」のように(これがまた、構図が物凄いんだ)、色彩がはっきりしたものが多く、まるで洋画のようでした。日本画ですが、どことなく西洋画を思わせるものも多くあり、なんかもうその「モダン」さに、結局文化の水準ってこの頃にはもう決まってしまっていたんじゃないのかとしみじみ思ったり。
あとは、酒井氏の「夏秋草図屏風」ですね。これは、光琳の雷神、風神図の裏側に位置するもので、雷神の裏側の草は雨に打たれ、風神の裏側の草は風になびいている、というとんでもなく凝った絵なのです。
他にも、銀の月が光を透かすと浮かんで見えるとか、言われなきゃわからない懲りようを見ると、「芸術家のこだわりだなあ」と思いました。こだわりというか、俺だけがわかってるおちゃめ、というか。
酒井氏は全体の作風が、受けやすいというか、ナチュラルな感じが強いものが多かったようです。その自然体さが個性というか。
他にも、陶器とか、漆器とか、着物とか色々あります。硯箱なんて、「俺、光琳の硯箱持ってるんだぜ」が、ステータスになるのがよくわかります(笑)。
他にも、着物の図の屏風(着物がかけてあるような図になっている)のおしゃれっぷりは、現代に通じるものがありますね。色彩も古臭い、ということは全くなかったです。
光琳だと、「銹絵布袋図角皿」と「銹絵鶴図角皿」は良かったなあ。筆でさらさら、っと描かれた図なんですが、「こんなに気持ちよくいい線がひけたらもう何も要らないよなあ」と、絵への憧れが無駄に強い私はしみじみ思いました。迷いのない筆一本で書かれたただの線が、人を魅了する力がある、っていうのが不思議ですね。
とにかく、人さえいなければなあ、というその一言につきますね。土産物屋は展示以上に人が凄かったですし。
展示物が多いので、二時間でぎりぎり全部見られるか、くらいです。四時に現地に着きましたが、見終わったのは閉館ギリギリだったので。
16日で終わってしまいますが、お時間あれば是非に。
これだ、というお目当ての作品を見るのもいいですが、それ以外の作品もお勧めです。
知り合いが、「BRUTUS」という雑誌で特集していた、と、その雑誌を見せてくれたんですが、この特集はよくできてる!
これを、締め切りのある雑誌でやっている、っていうところがまた………! こういう仕事が出来るプロの編集者って、物凄くかっこいいですね。
Q・金銀ヒカリものが多いのはどうして?
A・琳派の多くがお金持ちの出身だったから。中略江戸時代の『花より男子』、F4と呼びたい王子様集団なのです。中略金銀を使うことなど何ほどもない日常です。脅かそうとか、エラぶろうとか、考えたこともない。「オレ、金好きだし」。その方の力の抜け加減が、キンキラなのにくどさや嫌味を感じさせない理由なのでしょう。
これで興味を抱かない読者があろうか。
頭のいい人なんでしょうなあ。
読者に対して、現実的な実例をあげる際には、「元ネタがわからなくても例えがわかる」ようにしなければならないし、「わかるひとが読めば勿論おかしい」作品でなければならないし、で、その中で『花男』を選ぶこの編集者さんのチョイスが絶妙だと思いました。
全体的にわかりやすい、砕いた文章が物凄くわかりやすかったです。
実際の展示物の説明もこれくらい噛み砕いて欲しい。(数点ありましたよ、何言ってるのかわからん説明文が)
物事って言うのは、何がきっかけになるかわからないものですから、より多くの人の目に触れる「雑誌」は、これくらい、読みやすいものであると嬉しいです。(ちなみにブルータス10月号です)
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