『シークレット』
突然の自動車事故により、子供が死んでから、ぎくしゃくしたままの関係を続けるある夫婦。
ある日、刑事である夫が出向いた殺人現場に残された証拠品は、間違いなく妻を表すものだった。
グラスに残されたピンクヴァイオレットの口紅。
床に転がるイヤリング。
「お前が殺したのか」
「その答えを言えば、もう二度と元の関係には戻れないわよ」
果たして夫は、秘密を守り続ける妻を、殺された弟の仇と狙うマフィアの手から守る事ができるのか。
そして、本当に妻は殺人を犯していないのか。
真犯人は一体何処へ消えてしまったのか。
これだけ書くと推理サスペンスみたいですが、実際は、ひたすら事実を隠蔽するために必死になる刑事の行動で話が進みます。
他の韓国映画の刑事モノでも見たんですが、こうあからさまに私情を入れて証拠の隠滅が「できちゃう」組織ってなんか空恐ろしいですねえ。多少誇張されている部分もあるのでしょうが、そういうことをしても家族を守る、っていうことに対してためらいがない男、っていう描かれ方をする「刑事」が凄く多いので、なんか組織人としては微妙な気持ちになりました。
別に家族を見捨ててもらいたいわけではないんですが、正当な流れであればそれこそ、妻に真偽を問いただすのが先なのでは。
これ、「絶対に妻は犯人ではない」から夫は妻をぬれぎぬから庇っているのではなく、「妻が犯人であろうがなかろうが関係なく」妻に不利になる証拠を次々に隠滅していく、っていうのがなんともはや。
まあ、夫が極端に妻を庇護しようとするのにも、それなりの理由があって、いわゆる「負い目」って奴が重くのしかかっているせいなのですが、それにより、夫のどうしようもなさと、自分に対して必死になっている夫を見る妻の冷たい目線が強調されていて、一事が万事やるせない映画でした。
悲惨とか、悲しいとかいう映画ではなく、結局は自分本位な二人の映画という感じ。
最終的などんでん返し(真犯人についての)もありますが、個人的には、どう転んだとしても夫がこれまでやってきたことを考えれば、これからやることも想像がつくので、まあ夫の絶望はこれからも続くんだろうな、という感じ。
色々あったけど、やはり最終的に「勝つ」のは妻である女、というような印象の映画でした。
後、韓国映画は、一見して小物に見えるチビデブが見せるド迫力枠を常に有しているので、その点では実に眼福モノでした。
豹変した後の顔、超怖い。マフィアのボスなんて目じゃない。
主人公の刑事は、髪の毛真っ黒で何故か片目が隠れているアニメみたいな髪型で仰天。
妻がこれがもう、薄幸の美女で倒れそうになりました。貞淑な妻の果たしてその実態は、って奴ですね。
『トイレット』公式サイト
もたいまさこさんがばーちゃん役で出ている時点で、勝ち組映画であるのは間違いないような気がするんですが、説教臭さなど微塵もない、いい映画でした。
潔癖症で同じシャツを七枚持っている研究者の兄。
パニック障害を抱えて家から出られないピアニストの弟。
勝気で自由奔放な妹。
猫のセンセー。
そして、亡き母親が呼び寄せた日本人の祖母、ばーちゃん。
全く英語が通じないばーちゃんと、三人の兄弟と、センセーのお話です。
基本的には、生真面目な兄が他のメンバーに振り回される形で話が進むのですが、その振り回され方も、それぞれが一生懸命やった形の上なので、そこで家族が仲たがいするような事はありません。
ある種の「家族」であるが故の「安心感」が強調されているので、見ている側も「家族ゆえの破局」といようなものを、想像することなく見られるので、とても優しい作りになっております。
兄弟色々問題があるけれど、絶対にそれぞれの個性をバカにしたりはしない。意見の食い違いもあるけれど、絶対に何かあれば助けに飛んでいく。
兄は自分が一番振り回されている、と思い、それを家族にぶつけるシーンもあるのですが、物語中盤で、ある意味自分が一番「家族」から守られていた、という事実を知ります。その上で劇的な何かが起きるわけでもなく、それでも家族は続いていくっていうのがいい。
そして気の強い妹さんは、ちょっとナルシスト入った美形と、詩の授業(笑)で出会い、付き合うようになります。
男は店員を勤める店のショウウィンドウをしょっちゅう覗きに来る、兄を指して、馬鹿にします。
「毎日同じシャツを着て、つまらない毎日を過ごす。滑稽だね。ああいう奴が一人で寂しい死に方をするんだ」
それを聞いて、妹は猛然と反論します。
「寂しく死んだりなんかしないわ。彼には妹がいるもの。それにね、毎日同じシャツなんか着てない。同じシャツを七枚持ってるのよ!」
そして、店に入ってきた兄の腕を掴んで、その店を出て行くのでした。もう、妹さん超カッコイイよ。
個人的には、家族間の問題は、問題と呼べるほどの険しいものではないと思うのですが、それは「見ている側」だからそうなのであって、実際にその家族であったなら、毎日の中でおきている逃れられない問題として、とても重要なウェイトを占めている、けれど、絶対に解決できるというスタンスが好きでした。
解決、っていうと固いですね。
昇華できるというか、乗り越えられるという印象です。
役者陣はどなたも爽やかで素敵でした。
個人的には気の優しい次男坊が大変キュート。
やせっぽちで背の高い、髪の毛もじゃもじゃの青年が、本当に嬉しそうに笑う様を見て思わずトキメキ(笑)。
公式サイトにトレイラーがあるので是非。
突然の自動車事故により、子供が死んでから、ぎくしゃくしたままの関係を続けるある夫婦。
ある日、刑事である夫が出向いた殺人現場に残された証拠品は、間違いなく妻を表すものだった。
グラスに残されたピンクヴァイオレットの口紅。
床に転がるイヤリング。
「お前が殺したのか」
「その答えを言えば、もう二度と元の関係には戻れないわよ」
果たして夫は、秘密を守り続ける妻を、殺された弟の仇と狙うマフィアの手から守る事ができるのか。
そして、本当に妻は殺人を犯していないのか。
真犯人は一体何処へ消えてしまったのか。
これだけ書くと推理サスペンスみたいですが、実際は、ひたすら事実を隠蔽するために必死になる刑事の行動で話が進みます。
他の韓国映画の刑事モノでも見たんですが、こうあからさまに私情を入れて証拠の隠滅が「できちゃう」組織ってなんか空恐ろしいですねえ。多少誇張されている部分もあるのでしょうが、そういうことをしても家族を守る、っていうことに対してためらいがない男、っていう描かれ方をする「刑事」が凄く多いので、なんか組織人としては微妙な気持ちになりました。
別に家族を見捨ててもらいたいわけではないんですが、正当な流れであればそれこそ、妻に真偽を問いただすのが先なのでは。
これ、「絶対に妻は犯人ではない」から夫は妻をぬれぎぬから庇っているのではなく、「妻が犯人であろうがなかろうが関係なく」妻に不利になる証拠を次々に隠滅していく、っていうのがなんともはや。
まあ、夫が極端に妻を庇護しようとするのにも、それなりの理由があって、いわゆる「負い目」って奴が重くのしかかっているせいなのですが、それにより、夫のどうしようもなさと、自分に対して必死になっている夫を見る妻の冷たい目線が強調されていて、一事が万事やるせない映画でした。
悲惨とか、悲しいとかいう映画ではなく、結局は自分本位な二人の映画という感じ。
最終的などんでん返し(真犯人についての)もありますが、個人的には、どう転んだとしても夫がこれまでやってきたことを考えれば、これからやることも想像がつくので、まあ夫の絶望はこれからも続くんだろうな、という感じ。
色々あったけど、やはり最終的に「勝つ」のは妻である女、というような印象の映画でした。
後、韓国映画は、一見して小物に見えるチビデブが見せるド迫力枠を常に有しているので、その点では実に眼福モノでした。
豹変した後の顔、超怖い。マフィアのボスなんて目じゃない。
主人公の刑事は、髪の毛真っ黒で何故か片目が隠れているアニメみたいな髪型で仰天。
妻がこれがもう、薄幸の美女で倒れそうになりました。貞淑な妻の果たしてその実態は、って奴ですね。
『トイレット』公式サイト
もたいまさこさんがばーちゃん役で出ている時点で、勝ち組映画であるのは間違いないような気がするんですが、説教臭さなど微塵もない、いい映画でした。
潔癖症で同じシャツを七枚持っている研究者の兄。
パニック障害を抱えて家から出られないピアニストの弟。
勝気で自由奔放な妹。
猫のセンセー。
そして、亡き母親が呼び寄せた日本人の祖母、ばーちゃん。
全く英語が通じないばーちゃんと、三人の兄弟と、センセーのお話です。
基本的には、生真面目な兄が他のメンバーに振り回される形で話が進むのですが、その振り回され方も、それぞれが一生懸命やった形の上なので、そこで家族が仲たがいするような事はありません。
ある種の「家族」であるが故の「安心感」が強調されているので、見ている側も「家族ゆえの破局」といようなものを、想像することなく見られるので、とても優しい作りになっております。
兄弟色々問題があるけれど、絶対にそれぞれの個性をバカにしたりはしない。意見の食い違いもあるけれど、絶対に何かあれば助けに飛んでいく。
兄は自分が一番振り回されている、と思い、それを家族にぶつけるシーンもあるのですが、物語中盤で、ある意味自分が一番「家族」から守られていた、という事実を知ります。その上で劇的な何かが起きるわけでもなく、それでも家族は続いていくっていうのがいい。
そして気の強い妹さんは、ちょっとナルシスト入った美形と、詩の授業(笑)で出会い、付き合うようになります。
男は店員を勤める店のショウウィンドウをしょっちゅう覗きに来る、兄を指して、馬鹿にします。
「毎日同じシャツを着て、つまらない毎日を過ごす。滑稽だね。ああいう奴が一人で寂しい死に方をするんだ」
それを聞いて、妹は猛然と反論します。
「寂しく死んだりなんかしないわ。彼には妹がいるもの。それにね、毎日同じシャツなんか着てない。同じシャツを七枚持ってるのよ!」
そして、店に入ってきた兄の腕を掴んで、その店を出て行くのでした。もう、妹さん超カッコイイよ。
個人的には、家族間の問題は、問題と呼べるほどの険しいものではないと思うのですが、それは「見ている側」だからそうなのであって、実際にその家族であったなら、毎日の中でおきている逃れられない問題として、とても重要なウェイトを占めている、けれど、絶対に解決できるというスタンスが好きでした。
解決、っていうと固いですね。
昇華できるというか、乗り越えられるという印象です。
役者陣はどなたも爽やかで素敵でした。
個人的には気の優しい次男坊が大変キュート。
やせっぽちで背の高い、髪の毛もじゃもじゃの青年が、本当に嬉しそうに笑う様を見て思わずトキメキ(笑)。
公式サイトにトレイラーがあるので是非。
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2011年6月23日追記
光秀じゃねえよ! 三成です!
とりいそぎ修正いたしました。何で光秀…いえ光秀大好きですけども、違う…。ご指摘ありがとうございました! 恥ずかしすぎる!
『戦国BASARA劇場版』公式サイト
友人と新宿に見に行ったのですが、まあ日曜日で凄い人。
ピカデリーに入った途端に、パネルがお迎えで微妙な気持ちになったものですが、しっかりオクラだけは激写しましたよ。他にも、流し目着流し横たわった筆頭のスチルとかもあって、「わかってる…んだろうけど…」と微妙に遠い目になったりしましたが。
お客さんは八割がた女性でしょうか。若い子大変多いです。
内容としては、凄く面白かったです。アクションよし、音楽よし。
そして、新たにパーカー萌えという新たな境地に開眼しました。家康は、外見そのものはマッチョ黒髪短髪無手(笑)という私的好みは大変ドストライクだったのですが、如何せん出番と立場と地味さ加減で萌えまでたどり着かなかったものですが(いえ、地味が駄目なのではなく)今回、見せ場になるとさっそうとパーカーを深々と蕪って現れ、そしておもむろに脱ぐという一連の行動で比例なき萌えを見せ付けてくれたものでした。ゴチソウサマ!
もう、高速飛行する忠勝の上に、腕組んで立ち、地面すれすれで飛び降りて、おもむろに深々とかぶったパーカーを脱ぐ………。
はい、もう、お前はそれだけでいい…。他の誰がわからなくても、私はお前のパーカーの価値をわかっている………。
今回、主役は三成なので、それ以外のキャラはわりと添え物、というか真田は少なくもほぼ空気、伊達は元々脳筋なのでさして好みでもない、という感じて、ある意味ちゃんとした三成主役の映画でした。
三成って、デザインやベースの色が紫であったり、シャープな印象(髪型のせいではない)が強いのですが、おまけにああた、もう、抜刀ですよ! 居合いですよ! 散々きりあった挙句に、一度鞘に刀を納める静の絵を入れられるともうそれだけで大変萌えでした。
元々、るろうにでも抜刀を使ってる奴は好きじゃないけど(私は牙突イチオシだったので)動きそのものは大好きだったので、三成がその技を披露するたびに心中悲鳴でした。超カッコイイ。
他にも、ラスボスとしてゆるぎないラスボスがちゃんと出てきて、しかもいい加減この人の退場どうすんの? と思っていた人もちゃんと退場した(しかもキレイに)のでので、オチも良かったと思いますよ。
これで、あともう少し家康の無手技のアクションが映えればよかったんですけど、それは高望みかなあ。
そして、あの砂の美形と白虎の美形は誰だ!?
BASARA3やってないんで、さっぱりわからなかったのですが、見終わった後友人と「あの美形は誰だ」「あの鳥取は誰だ」(そりゃあ鳥取でしょうけども。笑)と大騒ぎでした。あれから慌てて3の公式サイト見ましたけど、劇場版のほうが億倍男前でしたけども(笑)
あと、天海さんの武器っつうんですか、私は大鎌という武器が大好きなので、彼の場合は武器萌えでしたねえ。ただの刀よりも変わった武器が好き。斧が好き。ハンマーが好き。
音楽はさすがのてぃーえむれぼりゅーしょん(笑)ですよ。私が若い頃かれはアイドルでしたね…。生足魅惑のマーメイドだった彼ですよ。
そして作曲に浅倉の文字を見るとどうしても、「アクセス…」と思ってしまうのですよ、私は!
なんてったって、高校時代の友人がアクセスとF1の片山右京で同人誌作ってたからね!!
その後、タイバニについて熱く語ったり、昨今の乙女ゲー声優起用に関してそれ以上に熱く語ったりしてました。
もう、キャラの年齢だけじゃなくて、声優さんの年齢40歳以上とかの乙女ゲー出てくんないかなあ。
光秀じゃねえよ! 三成です!
とりいそぎ修正いたしました。何で光秀…いえ光秀大好きですけども、違う…。ご指摘ありがとうございました! 恥ずかしすぎる!
『戦国BASARA劇場版』公式サイト
友人と新宿に見に行ったのですが、まあ日曜日で凄い人。
ピカデリーに入った途端に、パネルがお迎えで微妙な気持ちになったものですが、しっかりオクラだけは激写しましたよ。他にも、流し目着流し横たわった筆頭のスチルとかもあって、「わかってる…んだろうけど…」と微妙に遠い目になったりしましたが。
お客さんは八割がた女性でしょうか。若い子大変多いです。
内容としては、凄く面白かったです。アクションよし、音楽よし。
そして、新たにパーカー萌えという新たな境地に開眼しました。家康は、外見そのものはマッチョ黒髪短髪無手(笑)という私的好みは大変ドストライクだったのですが、如何せん出番と立場と地味さ加減で萌えまでたどり着かなかったものですが(いえ、地味が駄目なのではなく)今回、見せ場になるとさっそうとパーカーを深々と蕪って現れ、そしておもむろに脱ぐという一連の行動で比例なき萌えを見せ付けてくれたものでした。ゴチソウサマ!
もう、高速飛行する忠勝の上に、腕組んで立ち、地面すれすれで飛び降りて、おもむろに深々とかぶったパーカーを脱ぐ………。
はい、もう、お前はそれだけでいい…。他の誰がわからなくても、私はお前のパーカーの価値をわかっている………。
今回、主役は三成なので、それ以外のキャラはわりと添え物、というか真田は少なくもほぼ空気、伊達は元々脳筋なのでさして好みでもない、という感じて、ある意味ちゃんとした三成主役の映画でした。
三成って、デザインやベースの色が紫であったり、シャープな印象(髪型のせいではない)が強いのですが、おまけにああた、もう、抜刀ですよ! 居合いですよ! 散々きりあった挙句に、一度鞘に刀を納める静の絵を入れられるともうそれだけで大変萌えでした。
元々、るろうにでも抜刀を使ってる奴は好きじゃないけど(私は牙突イチオシだったので)動きそのものは大好きだったので、三成がその技を披露するたびに心中悲鳴でした。超カッコイイ。
他にも、ラスボスとしてゆるぎないラスボスがちゃんと出てきて、しかもいい加減この人の退場どうすんの? と思っていた人もちゃんと退場した(しかもキレイに)のでので、オチも良かったと思いますよ。
これで、あともう少し家康の無手技のアクションが映えればよかったんですけど、それは高望みかなあ。
そして、あの砂の美形と白虎の美形は誰だ!?
BASARA3やってないんで、さっぱりわからなかったのですが、見終わった後友人と「あの美形は誰だ」「あの鳥取は誰だ」(そりゃあ鳥取でしょうけども。笑)と大騒ぎでした。あれから慌てて3の公式サイト見ましたけど、劇場版のほうが億倍男前でしたけども(笑)
あと、天海さんの武器っつうんですか、私は大鎌という武器が大好きなので、彼の場合は武器萌えでしたねえ。ただの刀よりも変わった武器が好き。斧が好き。ハンマーが好き。
音楽はさすがのてぃーえむれぼりゅーしょん(笑)ですよ。私が若い頃かれはアイドルでしたね…。生足魅惑のマーメイドだった彼ですよ。
そして作曲に浅倉の文字を見るとどうしても、「アクセス…」と思ってしまうのですよ、私は!
なんてったって、高校時代の友人がアクセスとF1の片山右京で同人誌作ってたからね!!
その後、タイバニについて熱く語ったり、昨今の乙女ゲー声優起用に関してそれ以上に熱く語ったりしてました。
もう、キャラの年齢だけじゃなくて、声優さんの年齢40歳以上とかの乙女ゲー出てくんないかなあ。
『クロッシング』
公式サイト
韓国映画ではない方。
三人の人生が織り成すオムニバス映画…なのですが、残念ながらその三つが気持ちよく合致しないので、ただの不条理映画という感じでした。
ピカレスクといえばそうなのかもしれないけれど、そこまで不条理であるわけではないし…。
わざわざ、信心深い家族思いの刑事、定年間際の刑事、潜入捜査をしている刑事、と三つの個性のある刑事を出すのであれば、いっそオムニバスではなく純粋にそれぞれが関わりあいになる、内容でも良かったのではないか、と。
それぞれがそれぞれに不幸な結末を迎えるのですが、その上で退職したもう刑事ではない刑事だけが、とりあえず職務を全うできるっていう「よくある不毛さ」も、ちょっと盛り上がりに欠けるような気がします。
リアリティというよりは、うん、まあそういうこともあるよね、というような映画でした。むしろステレオタイプな黒人社会の描写などのほうが、力が入っていたような気がします。
どうも麻薬ってものが絡むと、ちょっとでも関わっている人間すべてに同情できないので、入り込むのが難しいです。
出演されている役者さんは、それぞれカッコイイんですが…。
そして、これを何故レンタルリストに登録したのか思い出しました。
武蔵野映画館に映画を見に行った時に、リチャード・ギアの紹介で「代表作HACHIはあんまりだ」と思ったからだった。
本当にどうでもいい理由でしたね。
『アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロ』
公式サイト
………うーん………どうしても馴染みがない世界観、音楽で、見ず知らずの人の思い出に付き合えといわれても…。
タンゴといえば踊り、ではなく向こうでは「音楽」の事なんですね。ムジカ、というそうです。
実際、後半のコンサートシーンは純粋にタンゴの素晴らしさ、っていうのが耳で聞いてよくわかるんですが、さすがに前半のじじばばの思い出語りはちょっと見ていて辛かったです。
多分、二時間映画だから辛いのであって、一時間のドキュメンタリーであれば十二分に楽しめる内容だと思います。
音楽そのものは当然素晴らしかったです。 EDロールもセンス抜群でした。
『アンストッパブル』
公式サイト
以外に評判の良かったアクション映画。
個人的には「デンゼル・ワシントンがロートルの役をやるようになるとはなあ…」と遠い目になったものです。そうか、もう好青年とかやる年齢じゃないんだな…。
展開もスピーディーで面白かったです。
派手なアクション全然ないですが、やはり無人の暴走列車というのは、設定からして日常に密着しすぎて怖いですし(変なエイリアンとかそういうの方がトンデモなので怖くない)発端が明らかにざるな人為的ミスっていうのがまたね…。
よくもまあ、平気な顔してあの感動の場に一緒にいられるわなあ。
別段、経営陣の決断も悪いとも思わないですし、現場の責任者である黒人の女性もえっらいカッコイイので、誰も嫌いな人が出てこないっていう意味でも見やすい映画でした。
ミスをおかしたバカはさておき。
デンゼル・ワシントンはやっぱりデンゼル・ワシントンなので、人間味あふれてるかと言うと「そこまでは…」と正直思うんですが、あの人は徹頭徹尾鉄面皮がよく似合う役者さんなので、あまり気になりませんでした。
その分、新米車掌のクリス・パインが結構普通にしょうもない奴なので、おつりがくる感じです。
駄目な奴っていうよりは、駄目な事しちゃった奴というか。
奥さんの浮気を疑ったり、浮気相手だと思われる人の元に行くまではいいんだけど、「二度と近寄るな」って相手に銃を向ける(しかも相手は警官)時点で、お前そりゃ、裁判所も接近禁止命令出すだろ…。
特別な正義感もない。それぞれ抱えているものがあって、どちらも清く正しいものではないかもしれないけれど、それぞれの「現場」の人間が精一杯やっている、っていう映画でした。結果としてよく転んだけどね、というか。
最後に、登場人物のその後がちらっと言及されるんですが、あの、途中で脱線しちゃったあの運転手さん…どうなったんですが…。
公式サイト
韓国映画ではない方。
三人の人生が織り成すオムニバス映画…なのですが、残念ながらその三つが気持ちよく合致しないので、ただの不条理映画という感じでした。
ピカレスクといえばそうなのかもしれないけれど、そこまで不条理であるわけではないし…。
わざわざ、信心深い家族思いの刑事、定年間際の刑事、潜入捜査をしている刑事、と三つの個性のある刑事を出すのであれば、いっそオムニバスではなく純粋にそれぞれが関わりあいになる、内容でも良かったのではないか、と。
それぞれがそれぞれに不幸な結末を迎えるのですが、その上で退職したもう刑事ではない刑事だけが、とりあえず職務を全うできるっていう「よくある不毛さ」も、ちょっと盛り上がりに欠けるような気がします。
リアリティというよりは、うん、まあそういうこともあるよね、というような映画でした。むしろステレオタイプな黒人社会の描写などのほうが、力が入っていたような気がします。
どうも麻薬ってものが絡むと、ちょっとでも関わっている人間すべてに同情できないので、入り込むのが難しいです。
出演されている役者さんは、それぞれカッコイイんですが…。
そして、これを何故レンタルリストに登録したのか思い出しました。
武蔵野映画館に映画を見に行った時に、リチャード・ギアの紹介で「代表作HACHIはあんまりだ」と思ったからだった。
本当にどうでもいい理由でしたね。
『アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロ』
公式サイト
………うーん………どうしても馴染みがない世界観、音楽で、見ず知らずの人の思い出に付き合えといわれても…。
タンゴといえば踊り、ではなく向こうでは「音楽」の事なんですね。ムジカ、というそうです。
実際、後半のコンサートシーンは純粋にタンゴの素晴らしさ、っていうのが耳で聞いてよくわかるんですが、さすがに前半のじじばばの思い出語りはちょっと見ていて辛かったです。
多分、二時間映画だから辛いのであって、一時間のドキュメンタリーであれば十二分に楽しめる内容だと思います。
音楽そのものは当然素晴らしかったです。 EDロールもセンス抜群でした。
『アンストッパブル』
公式サイト
以外に評判の良かったアクション映画。
個人的には「デンゼル・ワシントンがロートルの役をやるようになるとはなあ…」と遠い目になったものです。そうか、もう好青年とかやる年齢じゃないんだな…。
展開もスピーディーで面白かったです。
派手なアクション全然ないですが、やはり無人の暴走列車というのは、設定からして日常に密着しすぎて怖いですし(変なエイリアンとかそういうの方がトンデモなので怖くない)発端が明らかにざるな人為的ミスっていうのがまたね…。
よくもまあ、平気な顔してあの感動の場に一緒にいられるわなあ。
別段、経営陣の決断も悪いとも思わないですし、現場の責任者である黒人の女性もえっらいカッコイイので、誰も嫌いな人が出てこないっていう意味でも見やすい映画でした。
ミスをおかしたバカはさておき。
デンゼル・ワシントンはやっぱりデンゼル・ワシントンなので、人間味あふれてるかと言うと「そこまでは…」と正直思うんですが、あの人は徹頭徹尾鉄面皮がよく似合う役者さんなので、あまり気になりませんでした。
その分、新米車掌のクリス・パインが結構普通にしょうもない奴なので、おつりがくる感じです。
駄目な奴っていうよりは、駄目な事しちゃった奴というか。
奥さんの浮気を疑ったり、浮気相手だと思われる人の元に行くまではいいんだけど、「二度と近寄るな」って相手に銃を向ける(しかも相手は警官)時点で、お前そりゃ、裁判所も接近禁止命令出すだろ…。
特別な正義感もない。それぞれ抱えているものがあって、どちらも清く正しいものではないかもしれないけれど、それぞれの「現場」の人間が精一杯やっている、っていう映画でした。結果としてよく転んだけどね、というか。
最後に、登場人物のその後がちらっと言及されるんですが、あの、途中で脱線しちゃったあの運転手さん…どうなったんですが…。
『X-MEN ファーストジェネレーション』
公式サイト
大変面白かったです。アクションあり、キャラクターの能力の魅せ方含め一級品。
結論から言えば、当時からエリックのチャールズに対する片思いが過ぎるという映画でした。
前作も「だから私は言ったんだ!」とチャールズが利用されそうになれば、半泣きで絶叫するというエリック(マグニートー)の愛がやたらにあふれていたものですが、今回もそんな感じ。
能力者たちのバトルも見ごたえがありますし、エリックの強いんだけど脆い弱弱しさとか眼福でした。あれは卑怯だ。
敵側の、ショウの能力者たちはとにかく、外見も能力も特化していて見ていて楽しいです。体ダイヤモンドのセクシー姉さんとか、いかにも悪魔みたいな体つきをした、テレポートできるアザゼルさんとか。
唯一、竜巻使い(?)の男の人だけが、外見が凄く場末のホストみたいで、出てくるたびに微妙な気持ちになったものでした。他の奴らに比べて明らかに浮いている感があるのは何故だ…。
後は、思っていたよりもずっとチャールズの能力が万能で驚いたのと、毛むくじゃらが凄く普通の青年だったってことでしょうか。
あの、マッチョでワイルド(そりゃあね)で頭も切れる青いけむくじゃらの若い頃ってこんなだったのか…。うん、年取ってからのほうが遥かに好みだ(笑)
ミスティークはヒロインというか、ある意味主役なのでいいとこ取り、といった感じでした。共感という意味ではミスティーク一番身近な感じです。
エリックは、とにかく、悲惨な過去持ちなんだけど基本的にはナイーブで、初めて優しくしてくれた人が運命の人でした…を地でいく乙女っぷりでした。
本当に、エリックの思いが報われなさ過ぎて辛い…。
エリックがグレた(笑)のは、半分以上チャールズに責任があるような気がしてなりません。というか、チャールズが結構アレだった。
チャールズがわりと高みからの目線で物を言う(偉そうと言うよりは、個人に肩入れしてどうこうという印象ではない)のに対し、エリックは悲惨な過去も含めて大変人間くさいので、「人望」という点では、エリックのほうが遥かに上っていうのは見ていてよくわかりました。
ラストで、エリックについていくか、チャールズについていくかの選択を、他のミュータントたちは迫られるわけですが、エリックを選ぶ側は、「エリックだから」選ぶのに対し、チャールズ側に残ったのは、エリックには着いていけないからチャールズというような、消去法で残った印象が凄く強いんですよね。
多分、エリック側(正確にはチャールズに敵対する側)のミュータントたちは、明らかに外見に人とは違う特徴があって、どう頑張っても差別される側にあり、エリックはその苦しみを受け止めて「何とかしてくれる」のに対し、チャールズはあくまで「自分たちが歩み寄ろう」という目線で、特別迫害されたわけでもない、外見普通のミュータントたちが集ったという、同種でも越えられない壁がそこにあったのだろうなあ、
大体、チャールズからして金持ちのボンボンで頭も良くて、使い方によっては最悪最強(テレパス故に人の意思を自分でどのようにでもできる)という、大変チートな能力者だけに、個人の心の機微には疎いというか、大儀的なものの見方をするので、ミュータントの味方ではなく正しいものの味方であり、さらに、「個人」の味方にはなってくれないだろうなあというのが非常に顕著なので、指導者としての人望正直どうなん? と思いました。個人の好き嫌い関係ないところで動いている人間に、個人的に好意を持ったところで全く報われないという。
そりゃあ、ミスティークだって自分を「一個人」として見てくれる男のそばに行くわなあ。永遠に「妹」なんて位置づけて煮え切らない男のそば(そのくせ社会的な相棒の地位があるわけでもない)になんて、いたって仕方がないものなあ。
大本からして、チャールズがミュータントを集めるのって、ともかく勝手なんですよね。
こう、エリック(正確には違うんですが)側は初めから「人間なんてクソだぜ」というポリシーのミュータントたちが集まって決起しているわけですから、打倒人間という目的があるのに際し、チャールズは「自分と同じような能力者がきっと他にもいるんだぜ!」という喜びのままに集めて、そしてどうする? というか。
迫害されていたミュータントの保護、ではなく、普通に一市民として生活している人間の元に行って「やあ、君は特別だからうちこない?」と言われたって、そりゃあ「消えな、坊主」って言うよウルヴァリンも。
個人的にも「ほっといてやれよ…」とあのスカウトシーンは思いました。
たとえ何かに困っていたとしても、それが能力と関係ないのなら、それはその人の困難であって、別にミュータントとか人間とか関係ない。
「君たちは超人間なんだから素晴らしい」と賛美するわりには、ミスティークには人間の姿でいろと言ったり、人間たちに平和を愛する種族だと見せろとか言われても、その人間がまず平和を愛してもいないわけであって、そりゃあ、エリックじゃなくても「勝手な」と思いますわな。
おまけに勝手に集めた挙句、ちょっとはめを外すと「失望した」とか言われてもねえ…。
チャールズが欲しいのは清く正しいミュータントであって、そうでないミュータントは価値がないっていうのが明らかになってしまうので。
多分、この辺のチャールズの共感できなさは意図的にやってるんだと思います。
大儀のために己を捨てろ、じゃないけれど、そういう集団の中でしか一個人を認識できない人に対し、あくまで個を大切にするエリックのほうが、キャラクターの造詣としてはあきらかに魅力的なので。だからこそ、着いてくミュータントは山ほどいるわけで、それは前シリーズでもそうでしたもんね。
一応これも三部作らしいので、続きが楽しみです。
役者陣はとくにはずれなし。エリック役のミヒャエル・ファスベンダーは強いんだけど気質脆い青年をやっていて好印象。
そして、ケビン・ベーコンはああいう役が多すぎるので、あまりの安定感に言うことなし。あの人が出てくるだけでどういう役回りかわかってしまうよ…(笑)。
唯一、そのケビン・ベーコンの演じたショウの能力だけが、見栄えはするんだけど正直よくわからん、という印象が強かったです。
やっぱり「鉄を動かす」っていう単純だけど最強なマグニートーのカッコよさにつきますね。
公式サイト
大変面白かったです。アクションあり、キャラクターの能力の魅せ方含め一級品。
結論から言えば、当時からエリックのチャールズに対する片思いが過ぎるという映画でした。
前作も「だから私は言ったんだ!」とチャールズが利用されそうになれば、半泣きで絶叫するというエリック(マグニートー)の愛がやたらにあふれていたものですが、今回もそんな感じ。
能力者たちのバトルも見ごたえがありますし、エリックの強いんだけど脆い弱弱しさとか眼福でした。あれは卑怯だ。
敵側の、ショウの能力者たちはとにかく、外見も能力も特化していて見ていて楽しいです。体ダイヤモンドのセクシー姉さんとか、いかにも悪魔みたいな体つきをした、テレポートできるアザゼルさんとか。
唯一、竜巻使い(?)の男の人だけが、外見が凄く場末のホストみたいで、出てくるたびに微妙な気持ちになったものでした。他の奴らに比べて明らかに浮いている感があるのは何故だ…。
後は、思っていたよりもずっとチャールズの能力が万能で驚いたのと、毛むくじゃらが凄く普通の青年だったってことでしょうか。
あの、マッチョでワイルド(そりゃあね)で頭も切れる青いけむくじゃらの若い頃ってこんなだったのか…。うん、年取ってからのほうが遥かに好みだ(笑)
ミスティークはヒロインというか、ある意味主役なのでいいとこ取り、といった感じでした。共感という意味ではミスティーク一番身近な感じです。
エリックは、とにかく、悲惨な過去持ちなんだけど基本的にはナイーブで、初めて優しくしてくれた人が運命の人でした…を地でいく乙女っぷりでした。
本当に、エリックの思いが報われなさ過ぎて辛い…。
エリックがグレた(笑)のは、半分以上チャールズに責任があるような気がしてなりません。というか、チャールズが結構アレだった。
チャールズがわりと高みからの目線で物を言う(偉そうと言うよりは、個人に肩入れしてどうこうという印象ではない)のに対し、エリックは悲惨な過去も含めて大変人間くさいので、「人望」という点では、エリックのほうが遥かに上っていうのは見ていてよくわかりました。
ラストで、エリックについていくか、チャールズについていくかの選択を、他のミュータントたちは迫られるわけですが、エリックを選ぶ側は、「エリックだから」選ぶのに対し、チャールズ側に残ったのは、エリックには着いていけないからチャールズというような、消去法で残った印象が凄く強いんですよね。
多分、エリック側(正確にはチャールズに敵対する側)のミュータントたちは、明らかに外見に人とは違う特徴があって、どう頑張っても差別される側にあり、エリックはその苦しみを受け止めて「何とかしてくれる」のに対し、チャールズはあくまで「自分たちが歩み寄ろう」という目線で、特別迫害されたわけでもない、外見普通のミュータントたちが集ったという、同種でも越えられない壁がそこにあったのだろうなあ、
大体、チャールズからして金持ちのボンボンで頭も良くて、使い方によっては最悪最強(テレパス故に人の意思を自分でどのようにでもできる)という、大変チートな能力者だけに、個人の心の機微には疎いというか、大儀的なものの見方をするので、ミュータントの味方ではなく正しいものの味方であり、さらに、「個人」の味方にはなってくれないだろうなあというのが非常に顕著なので、指導者としての人望正直どうなん? と思いました。個人の好き嫌い関係ないところで動いている人間に、個人的に好意を持ったところで全く報われないという。
そりゃあ、ミスティークだって自分を「一個人」として見てくれる男のそばに行くわなあ。永遠に「妹」なんて位置づけて煮え切らない男のそば(そのくせ社会的な相棒の地位があるわけでもない)になんて、いたって仕方がないものなあ。
大本からして、チャールズがミュータントを集めるのって、ともかく勝手なんですよね。
こう、エリック(正確には違うんですが)側は初めから「人間なんてクソだぜ」というポリシーのミュータントたちが集まって決起しているわけですから、打倒人間という目的があるのに際し、チャールズは「自分と同じような能力者がきっと他にもいるんだぜ!」という喜びのままに集めて、そしてどうする? というか。
迫害されていたミュータントの保護、ではなく、普通に一市民として生活している人間の元に行って「やあ、君は特別だからうちこない?」と言われたって、そりゃあ「消えな、坊主」って言うよウルヴァリンも。
個人的にも「ほっといてやれよ…」とあのスカウトシーンは思いました。
たとえ何かに困っていたとしても、それが能力と関係ないのなら、それはその人の困難であって、別にミュータントとか人間とか関係ない。
「君たちは超人間なんだから素晴らしい」と賛美するわりには、ミスティークには人間の姿でいろと言ったり、人間たちに平和を愛する種族だと見せろとか言われても、その人間がまず平和を愛してもいないわけであって、そりゃあ、エリックじゃなくても「勝手な」と思いますわな。
おまけに勝手に集めた挙句、ちょっとはめを外すと「失望した」とか言われてもねえ…。
チャールズが欲しいのは清く正しいミュータントであって、そうでないミュータントは価値がないっていうのが明らかになってしまうので。
多分、この辺のチャールズの共感できなさは意図的にやってるんだと思います。
大儀のために己を捨てろ、じゃないけれど、そういう集団の中でしか一個人を認識できない人に対し、あくまで個を大切にするエリックのほうが、キャラクターの造詣としてはあきらかに魅力的なので。だからこそ、着いてくミュータントは山ほどいるわけで、それは前シリーズでもそうでしたもんね。
一応これも三部作らしいので、続きが楽しみです。
役者陣はとくにはずれなし。エリック役のミヒャエル・ファスベンダーは強いんだけど気質脆い青年をやっていて好印象。
そして、ケビン・ベーコンはああいう役が多すぎるので、あまりの安定感に言うことなし。あの人が出てくるだけでどういう役回りかわかってしまうよ…(笑)。
唯一、そのケビン・ベーコンの演じたショウの能力だけが、見栄えはするんだけど正直よくわからん、という印象が強かったです。
やっぱり「鉄を動かす」っていう単純だけど最強なマグニートーのカッコよさにつきますね。
『ハングオーバー 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』公式サイト
もうじき続編が公開される中、ディスカスがいい仕事をして送ってきてくれました。やるじゃん。
基本的には酔っ払いが記憶をなくすほどのバカをやったといういわゆる自業自得を、ユーモアで包んだ映画でして、どうしてそうなったのかとか、そんなもんは何も問題になりません。
預けていた車が何故かパトカーになっている⇒酔って盗んだからね!
見知らぬ子供が部屋にいる⇒酔って結婚したからね!
ギャングに追われる⇒酔ってチップ盗んだからね!
虎が部屋にいる⇒酔って連れてきちゃったからね!
明日結婚する友人がいない⇒酔っ(以下略)
とまあこんな感じ。
「どうしてこうなった」の部分を掘り下げる気はさらさらなし! 強いて言えば酔ってバカやったというひたすらそれだけの映画でした。
そういう意味では好みが分かれるかなあ。ひたすら下品な部分もありますし。
個人的に前後不覚になる酔っ払いは大嫌い(笑)なので、乗り切れない部分もありますが、彼らの場合全部それが自業自得に働くので、まだ楽しめた感じです。
そして、そんな時でも揺るがない男の友情にちょっと嫉妬というか(笑)
どう考えてもゴタゴタに巻き込み、巻き込まれているのに、必死に結婚予定の友人を探そうとする(その行動に一切のためらいがない)社会人のいい男どもに乾杯!
グダグダの酔っ払いの下品でジャンキーな話でしたが、妙な爽やかさのある映画でした。
個人的には、女たらしのくせに一番冷静で世慣れた妻子持ちの、ブラッドレイ・クーパーが普通に二枚目なので、「あれ…?」と妙な違和感を感じながらの鑑賞になりました。
近年まれに見る普通の美形というか(笑)
『殺人の追憶』
かなり話題になった韓国で実際にあった殺人事件を元にしたフィクション映画です。
個人的には、「グッド・バッド・ウィアード」で私の心を打ち抜いた、ソン・ガンホォォォォ! と狂喜乱舞したのですが、そういう映画じゃなかった…(そりゃそうだよ)。
何処をとっても救いがない話で、警察は無能(ソン・ガンホは刑事役です)だし、婦女暴行連続殺人事件は次々に起こるし。
この無能っていうのは、暴行が当たり前で、脅して証言させたものを自白としたりする、警察内部の「日常的」な腐敗も含むのですが、その無能な刑事だけがひたすら殺人犯を追い、そしてその結果、何も得られず誰も救われないという不幸の連鎖が見ていてかなりキツかったです。
ソン・ガンホの同僚であり、都会からきた刑事(キム・サンギョン)はそれなりに科学的な推理をして、ちゃんと捜査は進んでいるかに思えるのですが、容疑者と思しき人物は逃亡し、そして事件は起こり、アメリカに頼んだ唯一の頼みの綱であるDNA鑑定の結果は…。
最終的に「壊れてしまう」のは、ソン・ガンホ演じる田舎の刑事ではなく、都会の刑事なのですが、その姿はまさに田舎物の刑事そのもので、そこに非情とも呼べる人間臭さが表現されます。
銃口を向ける刑事を冷静に止めるのは、粗野とも呼べる田舎の刑事で、それでもそこには救いは何もない。
ラストシーンで、ソン・ガンホはかつで一番初めに死体が発見された用水路を訪れます。
当然そこには何もないのですが、たまたま通りがかった少女が、「ちょっと前に同じようにそうしているおじさんがいた。自分が昔にやったことが懐かしくて見に来たって言ってた」と告げます。
「そのおじさんの顔を見た?」
「見たわ」
「どんな顔だった?」
「普通の顔」
「どう、普通だった?」
「何処にでもいそうな顔」
うわあああああああああ…。
後味最悪な完璧なEDでした。
もうじき続編が公開される中、ディスカスがいい仕事をして送ってきてくれました。やるじゃん。
基本的には酔っ払いが記憶をなくすほどのバカをやったといういわゆる自業自得を、ユーモアで包んだ映画でして、どうしてそうなったのかとか、そんなもんは何も問題になりません。
預けていた車が何故かパトカーになっている⇒酔って盗んだからね!
見知らぬ子供が部屋にいる⇒酔って結婚したからね!
ギャングに追われる⇒酔ってチップ盗んだからね!
虎が部屋にいる⇒酔って連れてきちゃったからね!
明日結婚する友人がいない⇒酔っ(以下略)
とまあこんな感じ。
「どうしてこうなった」の部分を掘り下げる気はさらさらなし! 強いて言えば酔ってバカやったというひたすらそれだけの映画でした。
そういう意味では好みが分かれるかなあ。ひたすら下品な部分もありますし。
個人的に前後不覚になる酔っ払いは大嫌い(笑)なので、乗り切れない部分もありますが、彼らの場合全部それが自業自得に働くので、まだ楽しめた感じです。
そして、そんな時でも揺るがない男の友情にちょっと嫉妬というか(笑)
どう考えてもゴタゴタに巻き込み、巻き込まれているのに、必死に結婚予定の友人を探そうとする(その行動に一切のためらいがない)社会人のいい男どもに乾杯!
グダグダの酔っ払いの下品でジャンキーな話でしたが、妙な爽やかさのある映画でした。
個人的には、女たらしのくせに一番冷静で世慣れた妻子持ちの、ブラッドレイ・クーパーが普通に二枚目なので、「あれ…?」と妙な違和感を感じながらの鑑賞になりました。
近年まれに見る普通の美形というか(笑)
『殺人の追憶』
かなり話題になった韓国で実際にあった殺人事件を元にしたフィクション映画です。
個人的には、「グッド・バッド・ウィアード」で私の心を打ち抜いた、ソン・ガンホォォォォ! と狂喜乱舞したのですが、そういう映画じゃなかった…(そりゃそうだよ)。
何処をとっても救いがない話で、警察は無能(ソン・ガンホは刑事役です)だし、婦女暴行連続殺人事件は次々に起こるし。
この無能っていうのは、暴行が当たり前で、脅して証言させたものを自白としたりする、警察内部の「日常的」な腐敗も含むのですが、その無能な刑事だけがひたすら殺人犯を追い、そしてその結果、何も得られず誰も救われないという不幸の連鎖が見ていてかなりキツかったです。
ソン・ガンホの同僚であり、都会からきた刑事(キム・サンギョン)はそれなりに科学的な推理をして、ちゃんと捜査は進んでいるかに思えるのですが、容疑者と思しき人物は逃亡し、そして事件は起こり、アメリカに頼んだ唯一の頼みの綱であるDNA鑑定の結果は…。
最終的に「壊れてしまう」のは、ソン・ガンホ演じる田舎の刑事ではなく、都会の刑事なのですが、その姿はまさに田舎物の刑事そのもので、そこに非情とも呼べる人間臭さが表現されます。
銃口を向ける刑事を冷静に止めるのは、粗野とも呼べる田舎の刑事で、それでもそこには救いは何もない。
ラストシーンで、ソン・ガンホはかつで一番初めに死体が発見された用水路を訪れます。
当然そこには何もないのですが、たまたま通りがかった少女が、「ちょっと前に同じようにそうしているおじさんがいた。自分が昔にやったことが懐かしくて見に来たって言ってた」と告げます。
「そのおじさんの顔を見た?」
「見たわ」
「どんな顔だった?」
「普通の顔」
「どう、普通だった?」
「何処にでもいそうな顔」
うわあああああああああ…。
後味最悪な完璧なEDでした。