『マイボディーガード』
「神は、俺たちを許すと思うか?」
「無理だ」
たった二行の台詞で掴みはオッケー。
ここで「いや」とか「駄目だ」という返しではなく「無理だ」というのが凄く感情に訴えるものがありました。して欲しいけどそれは適わないといいう全否定、に通じるものがあるというか。
心に傷をおい、酒を手放せなくなった男が、中南米で少女のボディーガードをするという話です。
ボディーガードであるクリーシーを演じるのは、デンゼル・ワシントン。『アメリカン・ギャングスター』よりも「いい人」の役のはずなのに、何故かとてもアウトローに見えるのが不思議です。
聖書を読み、自らの罪を考えるクリーシーは、別に悪党ではないのですが、その彼と交流を深めていく、ピタという少女の演技が抜群。
「今笑った」「五秒前に笑った」「一秒前に」
「これは笑ったんじゃない。にやけたんだ」
純真無垢で可憐な少女、というのではなく、非常に賢しげな少女で、大人びた印象を持つ彼女が、クリーシーといるとき、自然に子どもの顔になっていくのが上手い。
また、クリーシーも純粋培養された聖女のような子どもに肩入れするのではなく、誘拐かと思われた車のナンバーをとっさにメモするような、世間をわかっている「子ども」に好意を寄せる、というのがなんだか嬉しいじゃありませんか。
ピタはクリーシーにユダの首飾りをプレゼントします。
その由来は「希望を失った人びとにとっての聖者」なんだそうで、ユダにそういう解釈をしていることが、何故か嬉しかったりします。
それをつけたクリーシーの目の前で、ピタは誘拐され、そして殺されたとの知らせが入ります。七割の帰ってこない被害者と同じく。
しかし、本当にとんでもないな誘拐なんて………。これが日常茶飯事で、警察まで公然と実行しているっていうんだから、もう個人的に自衛するしかないよな。というか、何でこういう町に金を持って成功した家族を住まわせたいんだろうか。ビジネスならビジネスで、当人達は別の国に住んでいてもいいんじゃなかろうか………。
そこから、クリーシーの復讐が始まります。
その拷問シーンがとんでもなくエグいので、苦手な人はどうにもならないんじゃないかと。はっきりと描写するので余慶に辛いです。
「あんたには犠牲者の一人だろうさ。だが、彼にとっては新しい一つの命だった」
彼は淡々と真犯人を追い詰めます。激昂もせずに。
そして、犯人は芋ずる式に、次々と明らかになります。誘拐事件も、殺害も、全てがそれぞれの勝手な都合で。
そして、最後クリーシーが得たものは。
しかし、防弾チョッキくらいつけろ………!
クリーシーがバンバン撃たれるたびにそう思います。
いやー重かったー。これ、原作はもっと重いと聞いて倒れそうになりました。凄く面白かったんだけど、映画ですら根底に漂うものは地獄とか絶望でしかないのに、もっと重いってそれどれだけ………。
終始明るい雰囲気は何処にもありません。クリーシーがピタの日常と触れ合うシーンだって、所詮クリーシーは自分がそちら側の人間ではないということを自覚しているし、見ている側もこの平穏は続かないということを「知っていて」見ているので、もう胸苦しいったらありません。
救いとか、救われないとかそんなことじゃなく、結果として救われないことがわかっている男が、それでも、自分が死ぬまでの間に大切に思ったものは確かにあって、それを奪われたとき、クリーシーがとる行動は理に適っている。
だから彼は、終始冷静だし、うろたえない。
しかしもう、職業誘拐みたいな人間は一体なんなのだろう。普段あまりフィクションに実際にはさあ、みたいな感想を持たない私ですらそう思いました。
他人の娘を誘拐し、自分は豪勢な暮らしをして、家族は大切で、誘拐を防がなくちゃならない警察が、嬉々として誘拐に加担しててって………。もう駄目だろこれ。
役者陣は最高でした。
デンゼル・ワシントンが能面のような顔で拷問を行う様とか(この人は何をやっても、どんな演技をしても一歩ひいているような感じで、凄く職業役者という感じがする)も素晴らしいですが、子役のダコタ・ファニングはなんていうかもう、天才。
クリーシーを影ながら助ける、かつての同僚であり、神の救済を否定した男には、なんとクリストファー・ウォーケン。
ええー!? 『ヘアスプレー』の父ちゃんじゃん! 出は少ないですが凄く印象に残る人です。
そして、連邦捜査官にはこれまたなんと、ジャンカルロ・ジャンニーニ(『ハンニバル』のパッツィ刑事役で有名)。濃すぎる………濃すぎるだろう、このキャスティング!
本当に、派手な演出を楽しむのではなく、淡々と流れる物語が非常に深い映画でした。とても面白かったんですが………これを繰り返し見る元気はちょっとないなあ………(題材が題材なだけに、正直しんどい)。
私は昔この映画の宣伝を見たとき、「どこのホイットニー?」と思った記憶があるのですが、このセンスのない邦題はちょっといただけないかなあ………。『MAN ON FIRE』が何故、『マイ・ボディーガード』になるのだ………。これは別に、ボディーガードの男の物語ではなく、男がボディーガードによって得たものの物語であって。
ボディーガードの物語なんて期待して、若い女性が見に行ったら倒れると思います。
まだ見ていませんが、『やわらかい手』なんかは、原題『イリーナ・パーム』(源氏名)よりずっとわかりやすくて、日本人として伝わりやすい(内容が)感じがして、いいセンスだと思うんですけど、色々ですね。
後、DVDの特典で(レンタルですが)予告とかTVスポットとかが入っているのは嬉しいんですが(私は映画の前の予告とか大好きです)、英語版だけでなく、日本で編集されたものモノもちゃんと入っていて欲しいなあ。あれはあれで、一つの作品としてとても楽しめるので。英語だと私、殆ど内容わかりませんし。
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